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2006年12月 9日 (土)

戦略的意思決定の罠

ここへきて、再建できる企業と再建する事自体が不可能な企業との間の線引きが、急激に明確に絞られてきている。

経営者が、高学歴、エリート、横文字大好き人間の場合で、その経営する企業が経営不安に陥ったような場合、ほとんど再建不可能のようだ。

勿論、その理由もあるし、条件もいくつかはある。

企業が生き残るための条件は、前回、最後に経営についてふれた時よりも、かなりはっきりしてきている。

余談はこれくらいにして、戦略的意思決定の方法論が、うまく機能しないわけは、

たとえば、ゲームの理論などをみてもわかるとおり、概念的には、そのシュチエーションが究極の選択の形をとる場合が多いためである。

この手の発想は、経営を実際にやったことのない中間管理職や若い人が好む。

前回、「囚人のジレンマ」についての話しで途切れていたので、その続きを書かなければならないだろう。

その理由のひとつとして、ゲームの理論を使って解決策を策定しようと思ったならば、ひとつひとつの選択肢に何らかの評価を与えて、総合的に判定してゆかなければならない。

誰が評価する?

そのとおり、経営者自身だ!

つまり、主観的価値判断が入るものは、その問題作成者及び採点者(主観の持ち主)に当然、相当な力量が要求されることになる。

ゲームの理論自体は、優れた理論であるし、数学的には綺麗に解けるわけだが…。

繰り返すと、主観的価値判断を前提にした問題の解法の場合は、観念的には正しくても、適用する現実が不透明、不確実であるならば、使えないということである。

それぞれが合理的に行動した結果、互いにとって望ましくない状況に陥ってしまうために、これを有利に展開させようと思うならば、そこに戦略が必要になる。

現実にどの選択を採ればよいのか、何か合理的根拠はないだろうか?

という事で、このゲームの理論を使って最適解を得たいと思うわけだが、もともと非合理的であり、未来予知も含む経営問題を単純な数値的割り振りで解決させることは出来ない。

たとえば、交渉の相手方の行動も、現実には、はかり知ることの出来ない関係者の動機や第三者の意見の介在などもあり、想定外の展開から、ゲームの理論で立てた戦略が無意味になることも多い。 

それを無理に適用しようとすれば、「当てはめの誤謬」になる。

結局のところ、この状況が本当に究極の選択「囚人のジレンマ」の状況だと、その経営者が思えなければ、この手の手法は経営改善にはほとんど役には立たないという事でもある。

その「状況」について、現実の経営者は、どう理解しているのだろうか?

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