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2006年10月 6日 (金)

ふたたびアストラル・ツインへ

アストラル・ツインの場合、どうして同じように読まなければならないのか? その方が不自然だろうに! 

原始的運命学の発想は、同じ星の元に生まれたのにもかかわらず、一方は大富豪となり、片方は大貧民となってしまった。 その違いはどこにあるのかが知りたくて、観察に観察を重ねてきたわけで、そのヒントが命式となった。 

もともと別人なのである。命式だけで全てがわかるはずも無い。

命式と解読する術者の技量が必要なのは当然である。 だから時代も条件も異なるふたりの人間を命式だけですべてわかると考えるのは不自然な事だ。

漢方薬などに見られる昔の人々の直感、観察力を高く評価をしているくせに、運命に関する観察は迷信だとか、昔の人間は無知蒙昧だとか、決めつけるのもリアリティーにかけるところがある。 同じように鋭い観察がなされていたと考える方が自然だ。

だから、アストラル・ツインはそのままでよい。 

それを読むための前提となる依頼者の個別の条件を知ることが必要になる。

現実を観察しなければならないという事だ。

命式が同じなら同じ結果でなければならないというのは偏見である。

これらのすべてを含めたものが運命学であり、運命を解読するための鉄則である。

命式の部分だけで独立した運命学だとわざと曲解する必要はない。

だから、数十人分の命式だけ持ってきて、その中から政治家を当てろ! などというのは本質を全く理解していない証拠である。

命式は運命の傾向を知るためのものであり、職業を当てるためのものではない。 

その運命的な傾向を知るために、現在の職業を知る必要があるならば、直接本人に聞くべきだ。

いい大人なんだから、役にも立たない当てモノごっこは、いい加減に卒業したほうがよい。

ただ、命式自体、形骸化してきた部分もあるし、あまりに沢山の組み合わせを考えてしまったために、無理な当てはめも生じてしまったことも事実だ。

使えるものと使えないものを選ぶ能力も術者により差があるのは当たり前である。

秘伝の中で歴史の中に消えてしまった部分もある。

かって二天一流という剣の流派があった。 剣豪 宮本武蔵が編み出したものである。 現在も型は伝承されているらしい。 「五輪の書」も残されている。 ところが、この流儀の本質、「暗黙知」のようなものは、生涯無敵だった天才剣士 宮本武蔵の死とともに失われてしまった。

運命学も似たところがある。 天才運命学者の死とともに、ある種の秘伝・秘術は、歴史の表舞台から姿を消してしまった。

それは、本当にこの世から完全に消滅してしまったのだろうか…。

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