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2006年10月

2006年10月29日 (日)

イベント企画・制作の真相

そんなわけで、トゥワイライトミステリーは、広告代理店も信じていなければ、イベント企画・制作会社の関係者の話しも信用してはいない。

現実には、彼らの言うような集客も出来なければ、経営改善も期待出来ないだろう。

役に立たないというわけではない。 面倒な企画・立案や様々な手配、作業等を実施してもらえるという点では非常に役には立つ。

ただ、商店主や会社経営者が望むような経営改善には結果的に繋がらなかったというだけの事だ。

たまたま、一部の広告代理店やイベント企画・制作会社の実績が悪かっただけかも知れないし、実力のあるところも多いのかもしれないのだが…。

ご存知の方も多いだろうが、スーパー・マーケットに来るマネキンを派遣しているのが、実は広告代理店やイベント企画・制作会社である。 メーカーのその地域の担当支社に営業をかけて入り込んでいるのだ!

スーパー・マーケットの売り場担当者のもとには、マネキンを入れた場合の効果を表にした資料が送られてくる。 その中には特に効果の高かった店舗の実例などの資料も添付してある。 ところが、これをみてもマネキンが売ったのか、その他の特殊要因が加わったのかがよくわからないのである。

では、売り場担当者は、その数字を基にマネキンが売ると思われる分も上乗せして、発注をかけているのだろうか?

実はそうではない。 現実には、担当者が売れると想定する量しか発注をかけてはいない。

では、このマネキン関係の資料は何を意味するのだろうか?

これは、ある一定数量以上の発注をすると、マネキン・サービスが付いてくるいうメーカーのアピールであり、できればこの数量以上の発注をかけて欲しいというメーカーの希望である。

だから、特に頼まなくても一定数量以上の発注をかければ、マネキン・サービスは付いてくる。

マネキンが入ると、実際はどうなるのだろうか… ?

2006年10月27日 (金)

イベント成功率!

イベント成功率は、かなり低い。

イベント企画は、実際のところあまり当たらない。

と言っても「本当?」と反論が出そうである。

「適当な事を言わないでくれ」とか、「うちではイベント企画は、当たっているよ!」 とか、意見も多いだろう。

だが、本当に当たらないのだ!  イベント企画というものは…。

残念な事に、業績が悪化している商店や会社ほど、イベント企画で当てて形勢の逆転を図りたがる。

止めても、無駄なのだが…。

やってみなければ納得しないだろう。

トゥワイライトミステリーのように内部情報を入手出来る立場になければ、イベント企画に夢を賭けたくなるなるのも無理はない。

そこで、とりあえず、今回はまず、親戚、友人、知人等から直接情報を取って欲しい。

化粧品店をやっていて、メーカーの営業マンからの勧めで、イベント企画を実施した。

ガソリン・スタンドで、タイヤ祭りのイベントを開いた。

コンビニエンス・ストアで、本部からの推奨によって、大量にエンド展開を行なった。

小料理屋を経営していて、期間限定の特別メニューを展開した。

どんな業種でもいい。 とにかく自分のショップでイベントを仕掛ける前に、リサーチを掛けて欲しい。

感覚的につかまえないと、一発逆転の悪い夢からは覚めない。

2006年10月24日 (火)

だから企画は当たらない!

企画は、どうして当たらないのだろう!

ひとつの理由は、「人間は保守的な行動をする」という事だ。

どうして企画を立案するのかというと、現状やその将来に不安があり、何らかの変化を起こす必要性を感じるからである。

狙いは、変化を起こす事。

そのための行動が、企画立案によって導き出された具体策である。

ところが、人間は本能的に現状を維持しようとする無意識の規制が働く。

そのために立案の段階での選択肢が、実施の段階ではきわめて無難な安全策に収斂されてしまう。

今までと異なった前例のない行動は、意外と採れないものだ。

商店街が、そのいい例である。

時代の変化に対応できなくて衰退してきた商店街が、街の活性化を狙って、何週間も前から役員が集まり、振興策を企画する。

若手商店主等が、熱心にビールを飲みながら、あるべき商店街の姿や将来の夢を楽しく語りあう。 

まるで、商店主同士の親睦会である。

視点は利用者である客から、ビールの酔いとともに離れてゆく。

そのあげくが、毎年のように100円買うと1枚、5枚で抽選が一回できるガラポンの籤引きになってしまったりする。 

商品は、1等が旅行だったり、ハズレはティッシュだったり。

この例をみてもわかるとおり、人は「夢の段階では自由」だが、「実施の段階になると超保守的な行動」になることが多い…

2006年10月21日 (土)

イベント企画はうまくゆくのか?

先月あたりから「さよなら閉店セール」を行う店が出てきていた。

今月に入ってからは、「さよなら閉店セール」も行わないで閉店する商店の数も増えてきている。

この流れは、これから暮れにかけて増え続けるだろうが。

幸いなことに、まだ営業が継続出来ている「危ないショップ」の場合には、過去の経営判断を振り返ってみた方がよいだろう。

具体的な見方については、またの機会に書くことにしよう。

今回は売上げ拡大のために、イベント企画を行うケースが多いので、このイベントについてふれてみたい。

「うまくやれば、企画は当たる」とか、「広告代理店に依頼すれば、効果が出る」と思うのは、危険極まりない発想である。

企画は、実際のところ当たらないものなのだ!

そう思っておいた方が無難である。

次回からは、少しの間、このイベントの成功率についての商店主の勘違いを話してみたい。

勿論、業種ごとに違うし、守秘義務の問題もあるので、生の数字自体は出せないが…

今現在、「危ない状態」にある商店の場合でも、12月末までには、その生命線を維持することに成功するかも知れない。

2006年10月16日 (月)

仲良しクラブ

低点から経営をみる方法についてだが、手順は簡単である。

一番悪いと思われる部分から順にリスト・アップしてゆき、それらを比較して気づきを得るという、きわめてシンプルなものだ。

リストはせいぜい5~6個までにしたほうがよいという事と、この手法に向かない経営者のタイプとしては、物事を悲観的にみる傾向があったり、打たれ弱い経営者があげられる。

一見、この方法は最悪からカウントしてゆくために、経営課題を素早く抽出することが出来そうに見えるが、ところが実はこの手法は時間がかかるし、経営課題を発見することも、そのためのコンセンサスの一致を得るのも、なかなか難しい面がある。

自己主張が弱く、和を重んじる日本人の場合、意外と機能しづらい。

たとえば、「商品が売れない」 そこで経営会議を開いた。

売れない理由が続々と出てくる。 

在庫が多すぎて売りにくい(在庫過多)、営業努力が足りない、企画に問題がある等といった具合に、それぞれのセクションから他のセクションに対する非難の声があがってくる。

そんな時に必ずといっていいほど、中間を採ろうとする「訳知り顔の人物」が登場してくる事になる。

左と右が対立すれば、その中をとって真ん中で決着したがる人物がである。

「それぞれの立場があるのだろうけれども、言ってみればコインの表側から見ているのか、裏側から見ているのか、の違いじゃないのか?」

「結局、同じことを言っているだけだよ!」

これは、実に「あ・ぶ・な・い… 発言」である。

こういった経営感覚を持っている会社は、長生きできない!

たしかに、「表側」から見た発言もあるし、「裏側」から見た発言もあった。

だが、トゥワイライトミステリーから見ると、「表の反対側」と「裏の反対側」が必ずしもイコールではないケースもある。

よく似てはいるが、別々のコインだったりするのだ!

コインは1枚とは限らない。 2枚のコインがあったりもする。

それが、「仲良しクラブ」の(中小企業は、ほとんど同族会社で「仲良しクラブ」なのだが)メンバーの協調性というか和を保とうとする努力によって、2枚のよく似たコインが目の錯覚により1枚に見えてしまうのだ!

この違いを見分け、経営課題を抽出することが、この「低点からの視点を獲得する」というスキームの一番重要な「心臓部」なのである。

 

だから、リストを比較する場合には、出来るだけ丁寧に比較してみなければならない。

2006年10月15日 (日)

二つの視点と二つの方法論

様々な理由で経営状態が把握出来にくくなったような時に、経営者が採るための、有効な方法としてトゥワイライトミステリーのお勧めするテクニックが二つある。

とにかく、現状に囚われている視点を、どうにかして切り離さなければならない。

それが頂点から見る方法と、低点からみる方法である。

最初の「頂点からの視点を確保する方法」は、経営書等でよく紹介されている「差」の手法の変形でもあるが、用い方によってはかなり効果が得られる。

A4の紙を数枚用意する。

そして、自社と同じ構成のエクセレント・カンパニー(理想的な会社のイメージ)を考えて、書き出してみる。

ここでのポイントは、この段階では自社に照らして考えてはいけないという事である。

企業によって、システムがそれぞれ異なるわけだが、商品企画、販売、経理、営業…等、各構成要素ごとに、どんな状態ならばエクセレント・カンパニーと言えるのかを考えてリスト・アップしてゆくわけである。 

ひとりブレーン・ストーミングのような感じでよい。

そして、この作業が終わってから、そこで初めて自社とイメージの上のエクセレント・カンパニーとを比較して見る。

そこから得られる気づきを活用するわけである。

この最初に創ったエクセレント・カンパニーの各項目が、そのままチェック・リストになるので、これを保存しておくことをお勧めする。

ここまでの段階で、経営課題を解決するために、どんな情報を収集すればよいのか、という情報収集のための範囲設定が完了する。

それが完了したならば、次のステージである情報収集の段階へと進むわけだが、ここで注意をしなければならない事がある。

この手法と経営者の感性・性格との相性の事である。

このスキームは、経営改善のための情報収集の枠組みを設定するためのものであり、一般の経営書のように、解決策を策定する手段とは捉えないことである。

原理的には、「あるべき姿」と「現状」を比較して、その「差」を問題と把握し、経営計画を立案するというわけであり、この「差」が重要な意味を持ってはくるが、これを教条主義的に、そのまま受けとってはいけない。

この手法を使わない方がよい経営者もあるからである。

性格上、完璧主義に偏りがちな経営者には、使いづらいところがある。

イメージ上のエクセレント・カンパニーを創り上げたのは、これから収集すべき情報の方向性を間違えないためである。

現実にエクセレント・カンパニーを創り上げるためではない。

それは、次のステージ以降の作業である。 

完璧主義の経営者は、ややもすると、この点の認識が甘く、エクセレント・カンパニーごっこを始めたがる傾向が見られる。

「目的」は情報収集するための方向性を正しく取るためであり、その「手段」がイメージ上の「エクセレント・カンパニー」創りである。

現代の経営環境の変化は、非常に早い!

この時点で創ったエクセレント・カンパニーは、1年後には全く姿が異なっていることも珍しく無い。

その点さえ注意して使用するならば、かなり有効な手段として活用できる。

2006年10月14日 (土)

THE MOON

経営課題を抽出する様々なテクニックは、経営書等で色々と紹介されているので、その中から使えそうだと思ったものがあれば、どんどんトライしてみよう。

どのみち、何のリスクもないのだから!

たしかにテクニックに対する相性というものはあるが、それはそれとしてやってみても損は無い。

トゥワイライトミステリーとしては、今回は次の二つのテクニックをお勧めしたい!

だだし、これらの方法を使用するための前提条件だけは、きちっと押さえておこう。

「タロットでいうならば、THE MOON(月)の状態にある事」

 ・何があるいはどこが悪いのかがわかっていて、やることもわかっているが、時間がかかるというだけの状態での使用は止めた方がよい。 やることを先送りにするのが関の山である。 前提となるシチュエーションが異なるのだ!

「THE MOON(月)」は人間が本能的に感じる恐怖を象徴している。

暗闇の中を月明かりを頼りに、前方に見えるうねうねと続く道を進んでゆかなければならない。 その道の両側には不気味な二つの塔が建っている。

無意識を象徴する水辺からは、ザリガニが這い上がろうとしている。 これは「これから未来に起こってくる出来事」をあらわしている。 不安と恐怖に呼応して、犬と狼が月に向かって吠えている。 彼等は未来の危機的状況を本能的に感じているのだ!

月は、その周期に伴って暗転する運命も象徴している。 周囲の出来事や現実に裏切られる可能性もありそうである。

こんな状況の時、人は自分を見失う。 

視点が不安や恐怖で曇ってしまうのだ。

だから、経営課題を抽出するためには、月と重なり合って描かれている太陽をベースにしなければならない。

目に見える「THE MOON(月)」を基準にしてしまえば、軸が不安定に揺らいでしまう。

そこで、経営課題を抽出するためのベースを太陽にとることにしよう!

2006年10月13日 (金)

ノアの箱舟

企業にとって最も必要な情報とは、何なんだろうか?

やみくもに集めてもゴミ情報しか入手できない。

だから、情報を収集する前に考えておかなければならない大切な事柄がいくつかある。

その情報を収集することの「理由」と「目的」である。

どこから…、どんな風にして…という(方法論)のは、その先きの話しである。

市場が拡大している時期ならば、そこまで考える必要はない。

入ってくる仕事をきっちりこなしてゆけば、それがそのまま自然と収益に繋がってゆく。

ところが、一転して市場が飽和状態になってくると、競合の多さばかり目立って、収益は下り坂になる。

売り手ばかり多くて、買い手の数が相対的に減少してくるからである。

やがて価格破壊が始まる。

こうなってしまえば、過去の蓄積の大きな(体力のある)企業か、早めにこの事態を予測して何らかの手を打っておいた企業しか生き残れなくなる。

その他の対策の遅れた企業は、死ぬのを待つばかりになる。

自社が、もしこの状態に巻き込まれているならば、早急に脱出しなければならない。

そのためには「ノアの箱舟」を建造しなければならない。

「ノアの箱舟」には、細心の注意をもってセレクトした情報しか乗せてはいけない。

この「ノアの箱舟」の建造には、設計図と海図とが必要になる。

「ノアの箱舟」の心臓部である設計図とは、その企業の抱えている固有の経営課題の事である。

この経営課題の抽出に成功すれば、「ノアの箱舟」の80%は完成する。

ところが現実には一般論に振り回されて、その企業固有の経営課題の抽出に失敗して、倒産する例が多い。

そして、海図についてだが…。

2006年10月12日 (木)

栄光から地獄へ!

栄光の座から地獄へと、坂道を転がり落ちるように転落してゆく人々がいる。

「自社ビルを建てたら、その会社は終わり!」 とよく言われたりする事がある。

融資関係の雑誌等にも、例として上げてあったりもする。

トゥワイライトミステリーの観た限りでも、そんな傾向があるような気もする。

理由付けは色々あったりするだろうし、様々な理由が複合的に重なって、そうなったのかも知れない。

経営者の慢心を指摘する向きもあるし、見通しの甘さを指摘する人々もいる。

経営には攻めの経営と守りの経営とがある。

「自社ビルを持つ」というのは、固定資産を持つということであり、一見、経営の安定化を目論むという守りの経営にも見える。

だが、これは非常に強気の、攻めの経営である。

膨らんでゆく固定費に対応する利益を、常に確保してゆかなければならないので、攻めの姿勢を崩すわけにはゆかないからだ。

損益分岐点も当然上がってくる。

それを超える利益が常に必要になるし、経営は圧迫され続けてゆく。

問題は「その事業が拡大できる」と見たその根拠である。

どこから、そんな情報を得ていたのだろうか?

企業家である以上、全てを現在中心に見ているわけではないだろうし…

「今、業績が悪いからどうしよう!」

「今、業績が良いので拡大しよう」

などという発想をするはずもない。

業績が突然に今日から悪化したわけもなく、悪化してきていたのは「過去から少しずつに」である。 

業績が、今良くても明日はどうなるかわからない。

市場は、「拡大する」か

「しばらく今のまま持続する」か

「縮小する」か

であり、それに対応して、戦略を立案しているわけである。

拡大策を講じたり、現状維持で様子見とか、業種転換(一部・全部)、異業種連携、縮小(リストラ)、それでもだめなら最悪その事業から撤退するなどの戦略を立案するわけだが…。

「自社ビル」の件では、経営者は「業績(市場)は拡大を続ける」と読んだ(無意識的にでも)わけだが、その読んだ情報の背景は何なんだろうか?

根拠になった情報があったはずである。 その拡大を示す根拠情報は公的なデータだったのだろうか?

中小企業にとって経営判断に利用可能な、公開された情報とか公的情報というのは…。

2006年10月11日 (水)

霧の中の夜間飛行

世の中の人々は、子供の頃から推測、憶測でものを言ってはいけない。

想像で発言してはならないと教育されてきた。

そのせいか事実に対する拘りが非常に強く、ロジカル・シンキングやロジカル・ライティングの書籍等も人気が高い。

これも職種や、その置かれた状況によっては正しいし、中間管理職や、一生人に使われて働くことになる人々にとっては大切な心がけでもある。

その大切な心がけが、こと企業家にとっては命取りとなって、企業経営の破綻へと続く道を歩ませることになるのは何故だろうか?

企業家とは、その字のとおり先の事を読んで、実現させてゆかなければならない人々の事を言う。 

現在に拘るのは企業家とは言わない。

三流の占い師がマイナス・イメージで見られることがよくある。

それというのも、先の事を見ようとする心の姿勢が強すぎて、世間で言う「証明済みの事実」から飛び出した結論を出してしまい、世の中の人々から猛烈な反発を招いてしまう事が多いからである。

世間の人々は、事実に基づかない結論には、当然疑問を投げかけ反発してくる。 

そういう躾けも受けてきている。

「事実が大切」

「事実に基づいて、思考をしよう」

「発言は、事実に基づかないと!」

この正しいはずの心がけが、何故企業を倒産へといざなうのだろうか?

このわけを正確に認識している人々は非常に少ない。

「中小企業に関する、正確な(不正確でも同じであるが)情報を手に入れることは、現実には不可能である」

という厳然たる事実があるからなのだ!

「事実は手に入らない」

この入手不可能な「事実」なるものをベースにして、思考し、行動するのは「霧の中を夜間飛行するような」危険性の非常に高い行為である。

ここがポイントである!

このことがわかっているのといないのでは、結果において天と地の違いが生じる。

要は、推測、憶測、想像の精度が高いか低いか、見当はずれなのか正しい方向を捉えているのかによって、その企業の生き死にが決定されてしまう可能性が強いわけである。

2006年10月10日 (火)

事業倒産へのサイクル

事業のサイクルは、どこまでいっても4つしかない。

(1) 商品を手に入れる。

(2) その商品の買い手を探す(市場)。

(3) 買い手に対して、アプローチする方法を考える。

(4) そして、その商品を販売する。

勿論、製造原価とか原価計算等の細部に拘りだしたらきりが無い。 細部に拘って業績を安定化させることの出来る企業は、ある種の条件の範囲内でしか存在しない。

だから、自社の売り上げが落ちてきたといって、その原因は販売にある等と決めつけることは出来ない。 買い手(市場)に問題があるかも知れないからだ!

ところが不思議なことに、この事業のサイクルが崩れ出してくると、途端におかしくなる経営者が多い。 たとえば、会社設立後3年以内にその半数が廃業か倒産をする等といった事も、その類の例である。

彼らは、馬鹿なのだろうか、それとも知識が不足しているのか、理解力に欠けるところがあるのだろうか!

事業が傾いてきて赤字に落ち込んでくると、強力なネガティブフィードバックループに巻き込まれてしまうが、そこから脱出することも出来ずに倒産という路線を進んでしまう。

この強力なネガティブフィードバックループから、脱出することは不可能なのだろうか!

言うまでも無く、脱出できないからこそ、事業に失敗してしまったわけであるが!

一番大きな要因は「不安」にある 

彼等は馬鹿でも、無知でも、理解力に欠けているわけでもない。

「不安」は必然的に「焦り」を呼び起こす。 「不安」と「焦り」は親友なのだ!

そして、さらに細かくみてゆくと、根源的には「恐怖心」という病巣にゆきあたる。 このために足がすくんでしまうわけだ。

何故、このネガティブフィードバックループがこれほどまでに巨大化してしまうのだろうか? いったいどこから、そのエネルギーを取り込んでいるのだろうか?

そのエネルギーを吸収して巨大化する秘密は、実は「情報」にある。

事業に失敗した企業家には、共通した行動パターンがみられる。

彼らが、この「情報」をどこから入手してきているのかという、情報の入手経路を考えてみればわかることではあるが…。

2006年10月 9日 (月)

トゥワイライトミステリーへの質問!

・占術ノート「運命学序論」が終了したところで、色々とお話しをお聞かせ下さい。

「トゥワイライトミステリーさんの生息地は、どこですか?」

 ・関東エリアに生息しています。

「よく行くところは、どんな所ですか?」

 ・軽井沢、箱根、御殿場とか… 河口湖、山中湖、鎌倉、熱海など… 神戸にも時々出かけます。

「お勧めのお店は、どこですか?」

 ・軽井沢なら、ビートルズのジョン・レノンが宿泊していた軽井沢万平ホテル、箱根なら、オーベルジュ・オー・ミラドー(このお店は、フレンチの巨匠「勝又 登さん」がオーナーシェフを勤める本格フランス料理の店です)。 西武プリンスの「ホテル大箱根」もロケーションが良いのでいいですよ! のんびり出来ます。

 他にもお勧めしたいところは沢山ありますが、秋の仙石原はぜひ一度行ってみてください。 ススキが風に波打って、とても綺麗ですよ!

「移動はお車のようですが、どんな車に乗っているのですか?」

 ・フォルクスワーゲンです。

「お気に入りのファッションは?」

 ・ヒューゴ・ボス!

「経営者に必要な事は?」

 ・リラクゼーションです。経営者はストレスが多すぎますからね!

「今後の占術ノートの展開は?」

 ・経営に関するノウハウを少しと、その他の話題になります。

「占術は、もうやらないのですか?」

 ・経営には不確実性がどうしても付き纏うので、占術は外せないでしょう。 ただ、当分は、少し減ってしまうかも知れませんね!

「占術ノート、これから先も頑張ってください。」

 ・ありがとう、ございます。

2006年10月 8日 (日)

ひとつの旅の終わり

そんな風にして、運命学概論は終わる。 

アストラル・ツイン(占い否定論)の入り江から遡り、今回の目的地である、緑の木々に囲まれた静かな湖へと辿り着くことが出来た。

運命学の呪縛に縛られることもなく、占い否定論者の人間ロボット化戦略からの誘惑をもどうにか振り切ることが出来た。

この旅の途中で、いくつかの宝石も手に入れることが出来た。

(1)物事は、先入観に囚われることなく最初にしっかりと定義をしておかなければ、すべてが混乱に見舞われる。 つまり、失敗の原因になる。

(2)現実を変えるためには、常に現実的でなければならない。

その他にも、運命という暗闇を照らすほんの小さなランタンも手に入れた。 これで外野の声に惑わされることなく、やっと自分だけのビジネス・プランを練り上げる段階に辿り着くことが出来た。

実業界というカジノで生息していれば、いつかトゥワイライトミステリーに出会うかも知れない。 見分けるのは簡単だ! 

トレード・マークのフェラガモのサングラスをかけて、ルーレットのそばで、しきりと忙しくメモを取っている奴がいたら、それがトゥワイライトミステリーである。

見かけたら気軽に声をかけて欲しい。

「やあ、トゥワイライト! 占術ノート、興味深く読ませてもらったぜ」

「ところで、こっちのテーブルに来ないか? 新しいゲームを始めるところなんだ」

「今度のゲームは、スリリングでエキサイティングで最高なんだ」

「今度のゲームの賭け金は… 」

2006年10月 7日 (土)

運命の最後の曲がり角

運命学に関する解説も、最後の曲がり角に差しかかった。

役に立つことは面白くなく、面白いことは役には立たないという世のならいのとおり、面白い占いは娯楽として読むしかない。

要点をことごとく取り違えてしまう人々からすれば、アストラル・ツインから始まったこの解説は、永遠に運命学の解説と思い込んでしまうに違いない。

これは哲学の問題なのだが…。 運命学はサブ・テーマにしか過ぎない。

他人の言っている事や、権威に引きずられること無く、自由でいられるためには、最初に物事を正確に定義しておく必要がある。

定義の混乱した考えからは、混乱した行動しか出ず、行動が目的に合っていなければ、望む結果は得られない。

トゥワイライトミステリーは占術師である。 運命学者ではない…。

運命学が読めないというわけではなく、これはプロなら誰にでも読めるはずのものだが!

ただ、運命学はトゥワイライトミステリーの感性に合わないというだけである。

理由は2つある。

第一に、運命学はある種の宿命論である。

第二としては、昔ならば変えることの出来なかった事も、様々な方法である程度、結果を回避できる可能性も出てきている。

だからと言って、運命学は不必要だなどと言っているわけではない。 

その程度問題である。

人生に仕掛けられた時限爆弾を、幸運にも発見できたならば、その信管を抜いて爆発しないようにする必要は当然ある。 そうでないと不必要なリスクを負ってしまうことになる。

友人の経営コンサルタント達が、よく話題にすることだが、

「経営の才能は、生まれつきなのか?」

「生まれつきだとしても、学習することができるのか?」

もしも生まれつきであり、学習により習得することができないならば、コンサルには限界があり、部分的にしか受注は出来ないだろうという話しなのであるが!

彼らの大半は経験的にみれば、経営の才は生まれつきのものであり、学習することは出来ないという意見のようである。

実際、会社設立後3年以内に、アバウトに言うと、その半数の企業が倒産か廃業しているとの事だ。

だから、一部の儲けられる企業家と大多数の儲けることの出来ない企業家ができてしまうようである。

仮に、その経営者が暴走を始めてしまったら、誰がこれを止めることができるのだろうか?

暴走を止めることの出来る人物は、暴走を起こしたその経営者本人しかいない!

2006年10月 6日 (金)

ふたたびアストラル・ツインへ

アストラル・ツインの場合、どうして同じように読まなければならないのか? その方が不自然だろうに! 

原始的運命学の発想は、同じ星の元に生まれたのにもかかわらず、一方は大富豪となり、片方は大貧民となってしまった。 その違いはどこにあるのかが知りたくて、観察に観察を重ねてきたわけで、そのヒントが命式となった。 

もともと別人なのである。命式だけで全てがわかるはずも無い。

命式と解読する術者の技量が必要なのは当然である。 だから時代も条件も異なるふたりの人間を命式だけですべてわかると考えるのは不自然な事だ。

漢方薬などに見られる昔の人々の直感、観察力を高く評価をしているくせに、運命に関する観察は迷信だとか、昔の人間は無知蒙昧だとか、決めつけるのもリアリティーにかけるところがある。 同じように鋭い観察がなされていたと考える方が自然だ。

だから、アストラル・ツインはそのままでよい。 

それを読むための前提となる依頼者の個別の条件を知ることが必要になる。

現実を観察しなければならないという事だ。

命式が同じなら同じ結果でなければならないというのは偏見である。

これらのすべてを含めたものが運命学であり、運命を解読するための鉄則である。

命式の部分だけで独立した運命学だとわざと曲解する必要はない。

だから、数十人分の命式だけ持ってきて、その中から政治家を当てろ! などというのは本質を全く理解していない証拠である。

命式は運命の傾向を知るためのものであり、職業を当てるためのものではない。 

その運命的な傾向を知るために、現在の職業を知る必要があるならば、直接本人に聞くべきだ。

いい大人なんだから、役にも立たない当てモノごっこは、いい加減に卒業したほうがよい。

ただ、命式自体、形骸化してきた部分もあるし、あまりに沢山の組み合わせを考えてしまったために、無理な当てはめも生じてしまったことも事実だ。

使えるものと使えないものを選ぶ能力も術者により差があるのは当たり前である。

秘伝の中で歴史の中に消えてしまった部分もある。

かって二天一流という剣の流派があった。 剣豪 宮本武蔵が編み出したものである。 現在も型は伝承されているらしい。 「五輪の書」も残されている。 ところが、この流儀の本質、「暗黙知」のようなものは、生涯無敵だった天才剣士 宮本武蔵の死とともに失われてしまった。

運命学も似たところがある。 天才運命学者の死とともに、ある種の秘伝・秘術は、歴史の表舞台から姿を消してしまった。

それは、本当にこの世から完全に消滅してしまったのだろうか…。

2006年10月 5日 (木)

運命の罠

コイン・トスの裏・表の出る確率は2分の1、ダイスは6分の1。

ところが、これ等にイカサマがあったらどうだろう!

コインは裏のみしか出ず、ダイスは4のみしか出ない。

占いを否定する立場の人達は、これらにイカサマはあり得ないと言い切っている。

だが、運命学からみると完全にイカサマであり、最初から細工がされているように見える。

機会は平等ではなく、生まれつき格差社会に生きている。 はじめから運命は偏っている。

人間には、ある種の運命パターンが最初から配られているようだ!

不運、幸運のそれぞれが綾なす運命のパターンが…。

もしも、運命に直接聞くことが出来たなら、この運命カードは本当に平等に配られているのか聞きたいはずだ。

もしも、運命と直接会話ができたとしたならばだが…。

「私には不幸のカードしか回ってこないけれども、どうして?」

「離婚のカードが2枚入れてあります」

「ひどすぎる! 本当にそれだけなの?」

「実は、最初のご主人には事業が倒産するカードを配りました」

「じゃあ、金運はないってわけ?」

「金運のカードは残念ながら配ってはおりません」

「Aさんは金持ちだけれど、私だけそれじゃ不公平でしょ?」

「Aさんには、他から削った金運のカードが余ったので、その分たっぷり配りました。だから金運はだぶついていますよ!」

「それって…」

人間なら誰でも、自分にどんなカードが配られているのか知りたいだろう。

だから天上界の秘密が、人間界にも漏れていないか眼を光らせて、ほんのわずかな兆しに、その天上界からのメッセージが含まれていないか懸命に捜し出そうとしてきた。

その知識の一つが「運命学」なのである。

だから、明日の午後2時50分に起こる出来事、明後日の午後2時50分に起こる出来事、はっきり言うならばこれから先の未来の他の部分の全てを当てる必要もないし、運命学自体そんな構造は始めから持ってはいない。

人間に天上界から配られた、いくつかの星を割り出す事ができれば十分なのである。

貴方には、いったいどんな運命の星が配られているのだろうか?

2006年10月 4日 (水)

確率論の幻想

占いを否定する人々が好んで持ち出してくるのが、コイン投げとダイスの例である。 

どちらも確率論をベースにしている。

コインの裏・表の出る確率は2分の1、ダイスは6分の1。 

無限に繰り返せば限りなく、この数字に近づいてゆく。

バラツキはあっても、無限に繰り返せばそうなる。

表が10億回続くこともあり得るし、裏が10億回続いても別に不思議でもない。 

無限の中で10億回というのは全く意味を持たない。 

人生は有限であり、無限は前提に出来ないなどと目くじらを立てるつもりもない。 

占い否定派とは違って本質的でないことにケチはつけない。

このことを前提にすると、12回コイン・トスで表がでた! 次も表か? と思うのはあきらかに誤っている。 やはり、13回目も確率は2分の1で、結果はやってみなければわからないが、これはこれでよい。

ただ、確率論(大数の法則)は観念論である。だから生活実感とは合わない。

つまり、あまり支持されてはいない。

運命的に、離婚しやすいパターンを持っていたとしよう。 はじめはうまくいっていても、いずれ喧嘩が絶えなくなって来る。 内心、このままゆけば離婚問題へ進展しそうだ! と思っていても止められないのが人間である。

不運はループになって強化される。言い換えれば、弾み車を回してしまえば離婚するまで止められないという事である。

事業家としての運を持っていない方が事業を始めた。

事業自体は本人の運、周りの人間の運などもあったりして、運の無い人でも始めることは出来る。 だが、一時は良くても結局、倒産する事態に追い込まれたりする。

この2つとも、生活実感と良くマッチする。 これが運命学の本質的な部分である。

というのも…

2006年10月 3日 (火)

偶然論の危険性

「検証・占いの真相」のはじめにの部分で「占いは禁止しようが、根拠の無い事を示そうが、どうせなくならない。だから、排除するよりは生活改善薬として活用しよう」と言っておきながら、占いや予言などがどれほどいい加減な根拠から出ているかを皆さんに知ってもらいたいなどと、くどくど書いている。

庶民はそんなに馬鹿ではない。 

いくら高尚そうに「人々が占い師の話術に乗せられているだけだ」と、一見科学の立場に立ったような言い方で占いを否定しようが、この論拠自体庶民の感覚には合わない。

ある種の科学的という教義の新興宗教である。

だから、占い否定本を読んだ結果、実にそのとおりだと思って占いを否定する立場に立つ人々が増え、占いが世の中から無くなるということはあり得ない。

実体験上、結婚に縁の無い方や、再婚しても破綻する方、いいところまで物事が進展しても、そんな時に限って必ずアクシデントに見舞われ、振り出しに戻る人々など、例を挙げればきりが無い。

これらの実体験に対して、科学的にみれば、すべて偶然だと確率論まで持ち出して否定しても、人々の共感は得られない。

偶然論に対しての運命学からの評価は低い。 

昔から言われていることだが、「すべては偶然によって起こる」、言い換えれば「起こった出来事は、偶然以外のいかなる力も作用することは無い」。

この主張は「悪魔の証明」問題として、証明不可能だとされているからだ。 

だから、偶然論は、その根拠すら証明することは出来ないわけである。

神仏の加護も先祖のバック・アップも守護霊の助けも、偶然論では全くあり得ない事とされている。

一般人の実体験から来る直感で、この偶然論はどこか怪しい、誤っているのではないかと思われている。

よく考えて欲しい!

思い出してみて欲しい!

この手の論法を持ち出してくるのは、頭の良さを売りにしている男性に多い。

身近な友人・知人との話題の中で、こんな形で 「だからさ! 占いっていうのは…」とか言われたことはないだろうか?

トゥワイライトミステリーの相談にのったケースでも多かった。

占いについては、「信じる、信じないは自由だけどさ! 俺は全く信用していないからね」タイプの人間の発言はうんざりするくらい聞いてきた。

ところが、不思議なことに、批判のネタ本は同じであったりする。 

批判論には「うん、うん」とか、実に素直に無批判に受け入れてしまっている。

これは、自分の考えを持っていないロボット的思考であり、きわめて危険な事である。

そして、更に不思議なことに、そんな否定派の人々が様々な事情で、極度の不安感を持っていて「占いでみてくれませんか?」 などと相談に来たりする。

2006年10月 2日 (月)

コールド・リーディングの危険性

コールド・リーディングには常に危険性が付き纏う。

もともと何の知識も無いのに、トリッキーな話術を駆使して情報を引き出し、あたかも最初から何でも知っているかのように見せかけるだけ、という一面があるからである。

ニセ占い師、エセ霊能者、詐欺師達が、コールド・リーディングを仕掛けてきたということは、彼らが今、勝負に出てきているという事を物語っている。だから、勝負を賭けるつもりもないのに、ただ、漫然とコールド・リーディングを仕掛けるというセンスはよくない。

たとえば、「今の会社の経営状態があまりよくなくて、倒産の危機に瀕している。 そこで転職を目論んで数社面談に行ってはみたが、すべて不採用になった。 今度の面接でなんとか採用してもらいたい」という希望があったとする。

面接担当者に今までのキャリアを説明して、やる気、熱意をも十分に示し、能力をアピールしたが不安がある。 そこで焦ってコールド・リーディングの手法を使って、その会社の内部の人間しか知らないことを、いかにも知っているような印象を担当者に抱かせることに成功した。

これはよくない! 最大のピンチに立たされてしまう。

会社とすれば、高い求人費用をかけて求人を募った。 

その目的は、戦力になる人材が欲しいからである。

応募にきた人間が会社に関する情報を既に持っているとなれば、能力の評価についての話しは簡単だ! すぐに直球が飛んでくる可能性が高い。

「当社の立場は、よくご存知だと思いますが、会社に対してどんな貢献が出来そうですか?」

危険な局面に踏み込んでしまった。 ここでは具体的な貢献策を考えているのかどうかが求められている。 瞬間的に答えられる問いかけではない。 担当者の注目を必要以上に集めてしまったからには、それなりの答えが返ってこなければ逆に反感を買ってしまう。

ピンチをチャンスに変えるだけの材料の手持ちはない。 実際には何も知らないわけだから!

今、勝負に出る局面なのか、そうでないのか、その点の判断が曖昧な人間に勝利の女神は微笑まない。

勝負に勝つためには、周到な準備と勝負勘、センス、度胸が必要である。

2006年10月 1日 (日)

コールド・リーディングのための準備

占いでもそうだが、一つの占法をマスターすると、すべてその占法で観ようとする人が結構多い。 タロットをマスターすると何が何でもタロットで観ようとする。 タロットの守備範囲、西洋占星術の守備範囲、易の守備範囲、気学の守備範囲は、別なのに! である。

コールド・リーディングでも多分その構造は変わらないだろうから、贔屓のひきたおしは止めた方がよい。

コールド・リーディングが使える領域はどこだろうか? 基になる考え方の事は別にして、スキルの問題として押さえておこう!

営業関係は無理なく活用できそうだとしても、プレゼンには少し厳しいかも知れない。 数字を扱うのが中心の財務系や、商品開発、商品企画、製造、技術等も無理かもしれない。

そこで、営業にコールド・リーディングを活用するとしても、その前に考えておかなければならない事がある。

きちっとした状況判断ができなければいけない、という事だ。

前提となるコールド・リーディング(占い師の話術)のスキルは、各人が身につけるのは当たり前の事である。

そこで、これからコールド・リーディングを使おうとするケースの場合は

(1)本当にコールド・リーディングを使った方が良いケースなのか

(2)本当はコールド・リーディングを使ってはいけないケースなのか

という点に対しての正確な状況判断が重要であるという事だ。

たとえば、今度のケースでは、仮りにコールド・リーディングの使用が有効だと考えられたとする。 

使うに当たっては当然の事ながら、最初に目標設定をしなければならない。

何のためにコールド・リーディングを使うのかという、明確な理由と目的が必要になるわけだ。

「現在、営業をかけているが、先方から、なかなかいい返事がもらえない」として、

(1)本当に先方には、自社の製品に対するニーズがあるのか。

(2)現在の担当者は、本当に意思決定権者なのか。

に調査を入れるのは当然である。

そして、それらが「有る」と判断したにも係わらず、状況が変化しないとしたら、

予算が取れるのか、あるいは目には見えないが、先方の業績が悪化していて、実は金は出せないのではないか… とか、様々なケースを想定しておく必要がある。

出たとこ勝負をかけてはいけない! 

必要な聞くことに漏れが出て、情報が入手できなかったり、やり方によっては先方に不信感を抱かせる結果にもなり得ないからである。

面白半分でやっているわけではないからだ。

また、あまりにも多くの情報を一度に聞き出そうとすると、詮索が過ぎて感情的な問題に発展しかねないし、その結果、今後の取引が停止される可能性もありそうである。

今回、コールド・リーディングを使って聞き出す目標として、

「先方には、自社製品に対するニーズが本当にあるのかどうかを聞き出す」と設定したとしよう。

これを正確に実施するためには、何と何を聞きだす必要があるのかをリスト・アップしてみる。 

そして、色々と表現を変えたり、質問の仕方を変えたりシュミレーションしながら、コールド・リーディングのトークに変換してみる。

次に、そのシナリオを繰り返しリハーサルしてみて、自信を持って本番に備える。

といった準備が必要になってくるわけだが…

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