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2006年9月

2006年9月30日 (土)

コールド・リーディング

トゥワイライトミステリーはコールド・リーダーになったことも無ければ、コールド・リーディングを使ったことも無い。これから先もコールド・リーディングを使うつもりも無い。 コールド・リーディングを使っている占い師も知らない。

理由は、いたって単純だ! そんなまわりくどいやり方をしなくても、本人に直接聞けばよいからだ。

最近、占い師の話術として、コールド・リーディングという話術に関する話題を見聞きする機会が増えた。

そこで占い師の話術についての誤解と偏見について考えてみたいと思う。

コールド・リーディングに出てくる占い師の仕事は

(1)話術を駆使して、様々な情報を聞き出す。

(2)その情報を、話術でさも占い師が当てたように見せかける。

ところが現実の占い師の作業工程は

(1)依頼者から事情の説明を受け、必要な資料を提出してもらう。

(2)その情報のポイントを抽出し、占ってみる。

だから、

(1)依頼者のすべき仕事: 事情の説明と資料の提供

(2)占い師の仕事: 占うこと     

これだけである。

この関係は催眠術とよく似ている。大衆の面前で催眠術にかかった若い女性が、次々に服を脱いでゆくのが、ショー催眠であり、治療のために地味な作業を重ねてゆくのが現実の催眠である。

占い師の前には、興味本位の客ではなく、現実に問題を抱えた人々がやって来る。だから、その困った問題を話してもらう必要がある。

その結果、カウンセラー型のタイプの占い師が必要なのか、トゥワイライトミステリーのような経営方面専門の占い師が必要なのかが振り分けられる事になる。 

ここでは高度な信頼関係がなければ、作業は先に進められない。だから疑うなら鑑定依頼をする事自体、止めた方がよい。

この考え方は何も特殊なものではない。 もともと、易でも筮前の審事と言って占う前のヒアリングの重要性が言われていた(江戸時代の易聖、真勢中州)。

タロット占者の井上教子氏も、その著書である「タロット解釈実践辞典」の中で、質問者の質問が何なのか当てようとするなど、シャーマンの真似をしてもパフォーマンスの域を出ないと注意されている。

ところが、コールド・リーディングで読んで、占い師の腕試しに来るとすると本末転倒である。

経営問題を抱えているにもかかわらず、質問に答えようともせずに、どうだ! 当ててみろ! という態度になるが、くどいが問題を抱えているのは経営者であり、トゥワイライトミステリーではない。

ネゴシエーションの世界で「最大のブラフは、ブラフをかけない事」と言われている。 トゥワイライトミステリーもブラフはかけない。だから、そのままお引き取り願うことになる。

その経営者が、自分で考えればよいことであり、トゥワイライトミステリーが観る事でもない。 勿論、疑心暗鬼になって力量を知ろうとする方が存在することもわかる。

ただ、それならば、尚更トゥワイライトミステリーの観る事ではなく、早く精神科に行ったほうがいい。  トゥワイライトミステリーのところまできてだんまりを決め込まれても、その経営者の抱えている問題は依然として未解決のままだろうに!

企業だから、何年間か羽振りの良い時期があることも多いが、会社の10年後生存率が5%という数字をあまり、甘く見すぎてはいけない。

結論として、占い師の方から依頼者に媚びて、まわりくどい話術を使ってまで、無理に信用を得ようとする必要性は全くないという事だ。

だから、そんな話術の訓練をする時間があるならば、本来のすべき事、つまり占術の研究をすべきである。

だいたい、この話術は若い女性が、彼の浮気を探ろうとする時の話術にそっくりではないか!

ところで、コールド・リーディング(占い師の話術)が使い物にならないと言っているわけではない。

トゥワイライトミステリーから見れば占い師にはあまり役に立つものだとは思えないと言っているだけだ! 

だから、他の業種の方でコールド・リーディングに、何らかの可能性を感じられたとしたならば、使いこなせるようにしたほうがよいと思う。

この使い方に一工夫があれば、結構使えるかも知れない。

そこで、このコールド・リーディング(占い師の話術)の活用法と注意点について考えてみよう!

2006年9月29日 (金)

超能力と予知

「明日の午後3時に新宿西口のホテル、センチュリーハイアットでアポイントがあり、当日の午後2時50分にセンチュリーハイアットの前に着いた。ちょうどその時、目の前を3台の車が通り過ぎた。 一番先頭の車の色は鮮やかな赤だった」

図書館で探したところ、何十年か前に出版された科学に基づいた占い批判本があった。それによると、今(その当時)の科学的時間論、哲学的時間論によれば未来はこれから創られるものであり、生まれる前から未来まで、すべて決まっているというのは「機械仕掛けの時計的時間論」であり、間違っている。 だから未来を予言しているような占い(予知)は、全く根拠の無い出鱈目だ。 という内容の書き方で占いを否定している本があった。

未来が未決定・未確定ならば、確かに当たる根拠などほとんど見当たらない!

ところが、最近のアインシュタインの相対性理論、量子力学等の分野で、現在の一流の科学者が、ビッグ・バンから宇宙の消滅に至るまで決定されているかのような本を書いている。(スティーブン・ホーキング他) タイム・マシン、タイム・トラベルに関する科学雑誌の特集も出ている。 ブラック・ホール、ワーム・ホール、特異点、超ひも理論等にぎやかである。

「時間の矢」という概念がある。 時間は過去から現在を通り、未来に向かって一方向に進んでいる。 ところが、未来から現在を通り、過去に向かって流れてゆく逆の流れも現在の時空の中に存在しているという「逆進波」の問題があり、これについては評論家の立花隆氏も、その著書の中で触れていた。

量子力学では、この宇宙自体無限に重なり合った時空の連続体と考えていて、タイム・トラベル、タイム・マシンが理論的に可能だとされている。

これらをみると、超能力、サイキック、チャネリング、リモート・ビューイング等で未来を知ることが出来るための前提としては、次の条件が必要になる。

(1)未来は決定されている。

(2)これらの未来情報は何らかの形で、現在に投影されている。

(3)ある種の能力によって、その破片的なものをキャッチすることが可能である。

一時代も前の科学では、前提(1)はあり得ない事だとされていたが、これもどうやら怪しくなってきている。前提(3)については、保留という方が多いだろう。 前提(2)は実体験上、ややあり得るといった感じか!

勿論、量子コンピュータや逆進波をみる装置もタイム・マシンも実用化されたわけではないので、未来について、決定論、未決定論は各人の考え方、哲学、に合う方好きな方を選べばいい。

占い完全否定派のように未決定論が絶対に正しい、などとおこがましいことは言わない。

それにしても、全否定派にも困ったものだ。理論のベースですら証明できないものを平気で議論に持ち込んでくる無神経さがある。

「真相・占いの検証」の著者の紹介する学者もそうだが、心理学を持ち出してきて、人は当たったような印象を持ちやすいとか、物事はすべて偶然によってのみ起きるとして、観念的な確率論を平然と持ち込んでくる。

確率論など、その前提すら証明できないのは昔から有名な事ではないか!

ただ、ここではっきりしておくが、前回も書いたとおり占い(運命学)と予言(超能力系)とは全く別の話しである。

明日の午後2時50分に起こる出来事と運命学は、重なり合った部分がない限りは全く関係はない。

2006年9月27日 (水)

運命を信じますか!?

「運命を信じますか?」 これほど馬鹿げた問いかけは無い。運命とは「自分の意思でコントロールする事が出来ないか、コントロールする事がきわめて困難な外部的な制約条件」の事をいう。

出会い、縁とか財運等もそうである。

ここでは、宿命、運命、先天運、後天運とかのゴチャゴチャした区分は考えないでおこう。

普通、人の意識の二重構造は、次のようになっている。

以前、30代の男性に聞いてケースでは、

「運命を信じますか?」

「運命なんて信じないよ!」

「財運なんかはどうですか?」

「今の世の中、やる気と本人の選択の仕方次第じゃないの! 運なんかに頼っていたらためだよね。道は自分で切り開かなきゃ!」

「お仕事は順調そうですね!」

「順調じゃないさ。 派遣だから… いつ契約を打ち切られるかわからないよ」

「資産作りは、どうされていますか?」

「子供の頃から、金には縁が無いよ」 「だから、資産なんて出来るわけないよね」

「先行きはどうですか?」

「今は、親父の公団住宅(賃貸)に同居させてもらっているけれど、派遣はみんなそうだよ。 今の時代、親がよっぽどの大金持ちでもなければ資産なんて出来っこないよ」

「そういう運命(外部的制約条件)なんですか?」

「そうそう」

この方は、「運命は信じていない」けれど、「財運がない」事ぐらいは、今の時代、よほどの馬鹿でなければ知っているよ。と答えられた。

厚生労働省の「平成15年就業形態の多様化に関する総合実態調査」によると、非正社員のうち、月給10万円未満が37・2%、月給10万円から20万円未満が40・8%。

つまり、月給20万円に達していない人が8割近く存在している。

平均年収では100万円台。

この傾向は総務省の「就業構造基本調査」によれば、今後ますます増加する見込みである。

派遣は潜在的失業者と、よくいわれている。

企業の業績の悪化の影響をもろにうけるからであり、この点では下請企業も同じである。 元請の業績次第で受注は一瞬にして消し飛んでしまう。

だから、主観的に運命を信じてもいいし、信じなくてもいいが、

客観的に今の運命路線から脱出したければ、外部的制約条件と折り合いをつけるしかない。

それには、現状と正面から向かい合うことである。

2006年9月26日 (火)

予言

この本(検証・占いの真相)の著者は、予言を評価する基準として、いつ、どこで、なにが、というようにはっきり指定しているものに限るとしているが、この見解は正しい。これらが曖昧では当たったのか外れたのかも判定できない。

それはそれとして「占いによる予言」として、横山公實氏(四柱推命家)を批判しているが、

「占いは予言ではない」

この著者は、多分に和泉宗章氏の影響を受けているように見える。つまり、命式至上主義である。 

和泉氏については、またふれることにして、この著者の場合、占いと予言をごちゃ混ぜにしている観がある。

予言は、超能力、サイキック、チャネリング、リモート・ビューイング等に繋がる流れである。

占い(運命学)は、常識にその根を持つ。

だから、運命学では、いつ、どこで、なにが… といった事は、それほど決定的な意味を持ち得ない。

この本の著者も、和泉氏については、彼の占いに対する全否定か全肯定かといった極端な考え方をする性格に批判もあり、その上、専門外の占いを単に批判するためだけに、にわか知識を入れた底の浅さについて批判がある事も述べている。だから、和泉宗章氏のたしかな専門知識は算命占星学だけであると見ているらしい。

では、予言と運命学は根本的に何が違うのだろうか?

それは、哲学、科学をベースにした、人生観、世界観、宇宙観、時間に対する認識の違いにある。

ところで、トゥワイライトミステリーは和泉宗章氏なる元占い師をよく知らない…

2006年9月24日 (日)

占い師の通信簿

100%当たる占いはあり得ない。 原理的にそうなる。80%当たるとか85%当たるとか言っている占い師も多いが、マキシマム80%と仮定しても20%は外れて、結論的に100%にはならない。

ここから「検証・占いの真相」へ戻る。

「後で占うと当たる」の箇所で、横山公實という占い師の方の「四柱推命奥義書」から「中曽根康弘氏が1982年に首相になったことを1981年の本で書いてあるが、当時の状況からみると、占いそのもので予言したかどうかは疑問であるし、非常に曖昧でもあるが大甘にみて、当たっているとしておきましょう。 ただ、この程度なら、様々な情報を分析すれば十分に予測できるから、何も占いを用いる必要はないと指摘している。

この点は全く、その通りで正しい。

たとえば1から2 3 4 5 6 7 8 9 10と順に分析してゆくと仮定して、1~4までが常識であり、5~10までが占いだとした場合、 1~4までの範囲で80%の確信が得られたならば、5~10は分析する必要はない。5以降について分析するというのは分析過多であり、実用的ではない。 このケースのように、いきなり5から分析を始めるというのは、どうしても不自然さが付き纏う。

そして最後に、この本では宗教・超能力・サイキック系の「とんでも本」の方々について触れているが、「とんでも本」の人々がとんでもない事を書いていたとしても、これはそんなものである。 これを当たった外れたとケチをつけても、詮無い事である。

ここで、この本の占い師の通信簿は終わる。

だが、ここに伏せられている情報がある。これらの人々は、謂わば青くどこまでも広がる大海原の中に点在する小島のようなものである。

この大海原については、つまり占いの世界については、この本では語られていない。

この青く輝く大海原が、占いの世界なのである!

2006年9月21日 (木)

混沌

アストラル・ツインを考えるに当たっては、様々な前提がある。少しずつ考えてみよう!

「検証・占いの真相」であるが、このタイトルは「検証・占い本の真相」のほうが相応しい。一番気になるところは、様々な概念が混沌として「散らかり放題で、整理のつかない部屋」のような印象を受ける点である。

明確さを欠いた概念区分、主観と客観のすり替え、概念の射程距離を越えた過度の拡大適用、合成の誤謬…、といった無理をしている点が多くみられる。

原因は、この著者が占い師ではないからであるが(外から眺めている)、「それを言ってはお終い」… ではなく、そこから「占いの真相」が始まる。

勿論、本を書くとするならば、トゥワイライトミステリーも同じような構成をとるかも知れない。 それでないと、本にはならないからである。

考え方の前提として、この方は「超能力、サイキック、予言、占い」と「常識」とを分けて考えているらしい。 ところが、その反面、占いの歴史をみてみると「常識」の発展系? とも考えているようだ! すると「占い」と「常識」は同じライン上に存在するようにも感じているみたいである。

ここで既に、概念の区分がその明確さを欠いてしまう。

スタートの部分で、占いがどの程度当たったのか評価・採点している。 ところが、評価自体主観的なものを内包する。「占い、予言は当たったのか」の箇所である。

評価の判定は読者にまかせて問いかけている。多分、著者は否定的である。 その読者の評価が主観的、つまり、この本の読み手(ターゲット)は誰かということであるが、

ノストラダムス、アメリカの眠れる預言者エドガー・ケーシー、ジーン・ディクソン、ポール・ソロモン、アロン・アブラハムセン等のことが始めに書かれている。

だが、それが当たったの外れたの、と言われても…。

例えば、雑誌「ムー」のようにヘビーな読者層を持っている雑誌の愛読者なら、この程度の批判は相手にもしないだろう。

では、ニュー・エイジやヒーリング系の若い女性中心の層にとってはというと、やはり多分無視である。

これらの読者層はこのカテゴリーの情報を好む。 はっきり言えば、この手の情報が好きなのである。

だから、と言って占い師なら、エドガー・ケーシー等に関心が強いかと言うと一部の占い師は除いて、多分興味を示さない。

そんなわけだから、たとえばニュー・エイジ系の本である、シャーリー・マクレーンの「アウト・オン・ア・リム」を知っているかと占い師に聞いても、知らないという答えのほうが多いと思う。

2006年9月17日 (日)

アストラル・ツイン

人の人生は、生まれる前から決まっている。事業の失敗、結婚生活の破綻等も、すべて決定されている。

そして、運命学を用いれば、それがわかる…。 と占い師が主張している。だが、それは何の根拠も無い出鱈目である。 と占いを真っ向から否定している方がいる。

技術者でもあり、占いに興味を持っている 武田 庸太郎氏である。 「検証・占いの真相」という本も書かれている。その中で「アストラル・ツイン」 (生年月日が同じ人)の場合は、同じ運命を辿るはずなのに、運命の共通性が見られない。 

中国名の有名な占い師も、その著書の中で「アストラル・ツインは命理上における最大の課題の一つである」と書いていると引用している。 さらに天中殺で有名な占い全否定の元占い師 和泉 宗章氏の意見も引用してある。

誤解をまねかないようにしたいが、この本は良い本である。読み物としても面白い。「占い師はアストラル・ツインに関して、議論さえしていない。だから娯楽産業から進歩できない」とも書いている。

主に算命占星学を槍玉に挙げているが、淵海子平、紫微斗数、0学占星学や細木和子氏の六星占術でも同じ結論になる。この本では、さらにサイババやアガスティアの葉についてまでもふれている。よく分析されていて、一つの方向性としては感性は悪くはない。

ただ、「アストラル・ツイン」がそれほど問題になるとは、トゥワイライトミステリーは思ってはいない。

では、アストラル・ツインの問題の背景にあるものは何だろうか?

このあたりから始めたほうがよさそうだ!

それは…。

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